[イベントレポート]大阪・京都文化講座 第8回「芝居はいつから悪所ではなくなったのか?」

2015年12月7日(月)に、2015年度後期 大阪・京都文化講座「京都・大阪「悪所」の研究—遊郭と芝居町の他所性・両義性をめぐって−」の第8回講座が行われ、111名が参加しました。

第8回は、大阪大学総合学術博物館の横田洋助教による「芝居はいつから悪所ではなくなったか?」というテーマの講座です。はじめに、「悪所=遊郭+芝居町」という定義が、いつから現れたのかということについて意外な事実が明らかにされます。

2015後期チラシ

私たちが現在用いる辞典では、「悪所とは、遊郭と芝居町のことを指す」と記載されているのですが、実は「芝居町」が悪所に含まれるようになったのは70年代以降に発行された辞典からなのです。これは、60年代に悪所をめぐる思想的・文化的・芸術論的議論が活発になり、語釈に大きな影響を与えたためだと考えられます。

江戸時代の京都・大阪では、芝居町を指して悪所と言うことは必ずしも一般的ではなく、現存している資料でも用例は見つからないそうです。実際に用例が見られるのは江戸時代後半の江戸で執筆されたもののみで、おそらく幕末の10〜20年の間に芝居町=悪所という呼び方が広まったと考えられます。

では、なぜ「悪所=遊郭+芝居町」という認識が江戸時代の最後の20年間だけのものではなく江戸期を通じてそうだったと拡大解釈され、現代の一般辞書に掲載されるまでになったのでしょうか。

15年後期京都・大阪第8回①

横田先生は、このことには1960年代にあったアヴァンギャルドの潮流が影響を与えているのではないかと推測します。

60年代の既存の価値観や体制に反発する風潮の中で江戸時代の風俗にも再びスポットが当てられ、悪所に注目が集まり、悪所で育まれた独自の風俗・文化の重要性が脚光をあびるようになります。

こうした流れの影響を受け、70年代以降の辞典では悪所という言葉について、「遊郭と芝居町を指す」という説明がされるようになったのです。

私たちは辞典に書いてある言葉の意味をそのまま受け取ってしまいがちですが、現在用いられている用法が意外に新しい時代からのものであったり、時代の流れによって変化したりするものなのだということを、たくさんの配布資料を先生の解説で読み解きながら実感できた90分となりました。

(文責:21世紀懐徳堂 肥後)

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