山片蟠桃 上田秋成 草間直方 中井竹山 中井履軒 富永仲基



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懐徳堂創立300周年を迎えて

重建懐徳堂 - 大阪大学大学院人文学研究科教授・文学部長

「町人の学問所」懐徳堂が開校されて300年になります。大阪大学文学部は、昭和24(1949)年、戦後復興のためには人文学が不可欠であるとの期待を受け、懐徳堂記念会の蔵書36800冊を「懐徳堂文庫」として譲り受けました。以来文学部は、懐徳堂を精神的源流として、その自由な学問の伝統を継承し、記念会と共催で市民講座を運営するなど、市民の学問・文化の振興に尽力してまいりました。
開校300年となるこの区切りの年、大阪大学文学部と人文学研究科では、記念の展覧会やシンポジウムなどの行事に取り組みます。これらを通して、懐徳堂について市民のみなさんに知っていただき、大阪の学問伝統を次の300年に繋げるための大きなステップとなることを願っています。

大阪大学文学部長栗原 麻子

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懐徳堂とは

ABOUT

懐徳堂の歴史を見る

懐徳堂が開かれたのは、今から300年前の享保9(1724)年の秋でした。町人たちが資金を拠出して実現し、享保11(1726)年、幕府の官許を得て「学問所」となりました。
明治となり閉学した学問所を、大阪の街に再興しようと大阪の財界が動き、明治43(1910)年に懐徳堂記念会が作られ、大正5(1916)年に「重建懐徳堂」が建てられました。専属の研究者も置き、京都などから講師を招くなどして、講座も開かれて、大阪の文化的活動を担うこととなりました。
昭和20(1945)年3月の空襲で重建懐徳堂は焼失しました。
耐火書庫に収めてあったので焼けずに済んだ書籍が、文科系学部が作られて大阪の文化を担うことが期待される大阪大学に寄贈されることとなり、懐徳堂の精神が大阪大学に受け継がれたのです。

懐徳堂の歴史を見る
大講堂
重建懐徳堂講堂(大阪空襲で焼失)
重建懐徳堂模型・接写(伊藤先生撮影)
中井履軒
復元模型-2
300thEVENT

懐徳堂300周年記念イベント

EVENT

記念展覧会「懐徳堂って知ってはる?―大阪大学が受け継ぐなにわ町人の学問所―」

記念展覧会「懐徳堂って知ってはる?
―大阪大学が受け継ぐなにわ町人の学問所―」

豊中会場と中之島会場で開催します!

大阪文化の過去・現在・未来 懐徳堂から大阪大学へ

記念シンポジウム「大阪文化の過去・現在・未来 懐徳堂から大阪大学へ」

2024年10月26日(土)/大阪大学中之島センター

大阪文化の過去・現在・未来 懐徳堂から大阪大学へ

懐徳堂300周年記念落語会「落語と対談で楽しむ なにわ町人の文化・学問」

2024年11月20日(水) 大阪大学会館 21世紀懐徳堂スタジオ
出演:林家染雀(落語家)、橋爪節也(大阪大学名誉教授)

懐徳堂300thANNIVERSARY

懐徳堂創立300周年記念事業 基金

ご支援よろしくお願いいたします。

300thCOLUMN

懐徳堂300周年記念コラム

COLUMN 懐徳堂 私の”推し”

第1回「五井蘭洲」

第1回「五井蘭洲」

懐徳堂の創設当初より学を講じた一人。漢学はもちろん、日本の文事についても研究した。

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第2回目「中井竹山」

第2回目「中井竹山」

懐徳堂の第四代学主。漢文の勉学を通じて、世のため人のために役立つ仕事を目指した。

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第3回目「富永仲基」

第3回目「富永仲基」

懐徳堂を創設した五同志の一人の子息。若くして抜きん出た秀才であり天才だった。

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第4回「上田秋成」

第4回「上田秋成」

『雨月物語』の作者として知られる。懐徳堂に学んだ可能性が高い。

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第5回「中井藍江」

第5回「中井藍江」

懐徳堂の門前に住んでいた彼の画業は、懐徳堂の文化を支えるとともに、懐徳堂の人々との文雅の交わりに支えられた。

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第6回「山片蟠桃 」

第6回「山片蟠桃 」

懐徳堂の生み出した町人学者のなかでも、異彩を放つ存在。「孔明」とまで称せられた。

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