ケアから社会をつくる
競争と管理を優先して近代社会は作られてきました。その息苦しさを多くの人が感じています。
今回は、私が長く調査を行ってきた子ども子育て支援や医療・介護現場でのケアから、競争とは異なる原理にもとづく社会のありかたについて考えていきます。
講師紹介
村上 靖彦 教授人間科学研究科人間科学専攻
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略歴
- 2000年 パリ第7大学 博士号取得(基礎精神病理学・精神分析学博士)
- 2015年 大阪大学人間科学研究科 教授
- 2021年 大阪大学感染症総合研究拠点(CiDER)、科学情報・公共政策部門 人間科学ユニット 兼任教員
参考情報
2017年11月10日 出版社:講談社『母親の孤独から回復する 虐待のグループワーク実践に学ぶ』
増加の一途をたどる子どもへの「虐待」。気づいたら子どもを叩いてしまう、叩いてしまう自分を抑えられない……。そんな母親は、自分も子どもの頃に母親から叩かれたことに気づけず、不安と孤独の中にいる。「MY TREE ペアレンツ・プログラム」での実例を紹介しながら、「独り」から始めて自分を取り戻すための道を探っていく本書は、人知れず苦しんでいる母親たちにヒントを贈りたい、という思いとともに書かれた。
2018年12月25日 出版社:医学書院『在宅無限大 訪問看護師が見た生と死』
病院によって大きく変えられた「死」は、いま再びその姿を変えている。
現在の在宅死は、かつてあった看取りの文化を復活させたものではない。
先端医療が組み込まれた「家」という未曾有の環境のなかで、訪問看護師たちが地道に「再発明」したものである。
著者は並外れた知的肺活量で、訪問看護師の語りを生け捕りにし、看護が本来持っているポテンシャルを言語化する。
「看護がここにある」と確かに思える一冊
2021年4月27日 出版社:世界思想社『子どもたちがつくる町―大阪・西成の子育て支援』
【子ども支援の〈現実〉と〈希望〉】
「日本の虐待相談件数はうなぎのぼりだが、西成区の件数は横ばいだ。貧困も虐待も可視化され、『子どもを地域で育てる』のが当たり前になっているからだ」
「行政から降ってきた制度ではなく、子どもたちの声が組織の形を決める。ここに、この町が生まれる所以(ゆえん)がある」
(2021年6月12日付 朝日新聞書評・阿古智子氏)
2021年6月21日 出版社:中央公論新社『ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと』
病やケガ、衰弱や死は避けて通れない。自分や親しい人が苦境に立たされたとき、私たちは「独りでは生きていけない」ことを痛感する。そうした人間の弱さを前提とした上で、生を肯定し、支える営みがケアである。本書では、看護の現象学の第一人者が、当事者やケアワーカーへの聞き取りをもとに、医療行為を超えたところで求められるケアの本質について論じる。育児や地域福祉、貧困対策のあり方にも通底する「当事者主体の支援」とは。〈実践〉のための哲学書。
2022年8月12日 出版社:朝日新聞出版『「ヤングケアラー」とは誰か 家族を“気づかう”子どもたちの孤立』
小学生の15人に1人が「家族の世話」を担い、社会問題として顕在化してきたヤングケアラー。メディアでは身体的な疾患や障害をもつ家族の介護をする子どもがクローズアップされることが多いが、実際には、精神疾患の母親をケアするケースも多い。
介護や家事労働だけが「ケア」ではないのだ。
長期脳死の兄の「身代わり」として親の前で頑張って見せる子、母親の薬物依存を周りに言えない子、ろう者の母親の手話通訳をするうちに「私」が消えていく子、母親を責めるようだからと自身をヤングケアラーだと認めたがらない子――。
本書では、家族をケアする子どもたちが体験する孤立を「語り」から考える。彼ら彼女らの言葉に丁寧に耳を傾け、ディテールにこだわって分析を重ねていく。すると、これまでほとんど知られることのなかった、ヤングケアラーたちの複雑かつあいまいな体験や想い、問題の本質が浮かび上がってくる。また、そこから、どのような「居場所」や支援を必要としているのかも見えてくる。
2023/6/8 出版社:筑摩書房『客観性の落とし穴』
大学一、二年生向けの大人数の授業では、私が医療現場や貧困地区の子育て支援の現場で行ってきた
インタビューを題材として用いることが多い。そうしたとき、学生から次のような質問を受けることがある。
「先生の言っていることに客観的な妥当性はあるのですか?」
私の研究は、困窮した当事者や彼らをサポートする支援者の語りを一人ずつ細かく分析するものであり、
数値による証拠づけがない。そのため学生は客観性に欠けると感じるのは自然なことだ。一方で、学生と接していくと、
客観性と数値をそんなに信用して大丈夫なのだろうかと思うことがある。「客観性」「数値的なエビデンス」は、
現代の社会で真理とみなされているが、客観的なデータではなかったとしても意味がある事象はあるはずだ。
(「はじめに」より)
2023/9/26 出版社:河出書房新社『傷の哲学、レヴィナス』
人間は傷つき、傷つける。ケアの現場と現象学とを結ぶ泰斗が、「傷」から回復し他者と生き延びるための方途を
哲学者レヴィナスとともに探ってゆく、真摯で新しいレヴィナス入門。
日常生活のなかで、誰かを傷つけてしまったことについての後悔と、傷つけてしまうのではないかという畏れを私自身抱いている。
人が人を傷つけてしまうという条件をどのようにリカバーするのか、私の行動が意味を持ちうる条件はどのようなものなのか、
レヴィナスを日本という異なる文化圏で読み直すときに、私に訴えかけてくる切実さとはそのようなことだ。(本書より)
2024/6/17 出版社:岩波書店『アイヌがまなざす 痛みの声を聴くとき』(石原真衣氏との共著)
いまだ継続する不正義と差別に対して、アイヌの人々は何を問い、行動してきたのか。
五人の当事者へのインタビューから現代アイヌの〈まなざし〉を辿り、アイヌの声を奪い、
語りを占有し続ける日本人のあり方を問う。
2024/7/5 出版社:ミネルヴァ書房『すき間の哲学 世界から存在しないことにされた人たちを掬う』
何人も取りこぼされないように制度化されたはずの我が国の公共の福祉。 しかし制度と制度の「すき間」に陥り、この社会から存在しないことにされてしまったり、 法権利に守られない人たちがいる。本書では、すき間に陥った当事者と支援者の証言の交点、 そして社会的理論からその全体像を読み解く。そのうえですき間を生まないオルタナティブな社会の実現へ向けて何が必要なのかを議論する。
会場
大阪大学中之島センター 10階
佐治敬三メモリアルホール
電車によるアクセス
- 京阪中之島線 中之島駅・渡辺橋駅より徒歩約5分
- 阪神本線 福島駅より徒歩約9分
- JR東西線 新福島駅より徒歩約9分 ほか
バスによるアクセス
- 大阪市バス(53系統)
- 大阪駅前バスターミナル→中之島四丁目(旧玉江橋)
- より徒歩1分 ほか