[イベントレポート]第49回大阪大学公開講座 前期-5「老年期のメンタルヘルスの課題―認知症は予防できるのか―」
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2017年10月18日(水)に開催した今年度の大阪大学公開講座、前期第5回「老年期のメンタルヘルスの課題―認知症は予防できるのか―」の開講レポートです。21世紀懐徳堂学生スタッフ、高倉が執筆しました。
49回目を迎えた今年度の大阪大学公開講座は、前期テーマを「心と体の健康」、後期テーマを「幸せな時間と空間」と題して、全14回の講義を行います。
10月18日(水)は、大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室の池田学教授に講義していただきました。
この講義は認知症について、特に誤解や疑問が生じやすい側面から説明するもので、認知症が抱える課題を交えて話が始まりました。
まず頭に留めておいてほしい点として、認知症を引き起こす危険因子はたくさんあり、その中での最大の要因が加齢である、ということを強調されました。
日本の高齢者を取り巻く現状として、介護保険を申請しても個人に合ったサービスが不足していること、独居高齢者の食事や薬の管理等の支援システムの整備という課題があります。
また日本に限らずアジア諸国全体で見ても、今後韓国や台湾などの国々で高齢化が急速に進むことが予測され、認知症は世界全体で取り組む必要のある問題であるといえます。
先進国諸国の認知症に関する目標として掲げられた「新オレンジプラン」のポリシーは、認知症の人の意思が尊重され、住み慣れた地域で、自分らしく暮らし続けるというものであり、認知症の人とその家族の目線で設定された目標という点で画期的とのこと。
しかし一方でコストときめ細かな配慮、リスクへの備えが必要になることが想定され、実現は非常に困難であり、その目標に近づいていくためには、これから考えていかなければならない課題が山積みであるとのことでした。
(写真:池田学教授)
こうした問題への対応と実現に向け、熊本において率先して認知症の早期診断・診療体制を整えた取り組みを紹介されました。県全体に各地域拠点の医療機関を配置し、それらを一つの基幹型の医療センターが統括するという二層構造のシステムを整え、最寄りの医療機関までの通院時間を30分以内にするという目標を実現されたそうです。この取り組みは熊本県以外でも実施されており、課題解決の一助となることが期待されます。
次に、認知症は病気なのか、予防できるのか、治るのか、という三点の疑問を中心に、診断や治療計画、ケアについてのお話がありました。
まず、認知症であるかないかを見極める最初の診断の重要性について言及されました。正常老化によるもの忘れは、もの忘れへの自覚があり、記憶に関して咄嗟に思い出せないのに対し、認知症は本人の病気への自覚はなく、経験自体を忘れる、という特徴の違いがあります。
また認知症と間違われやすい病気としてせん妄と呼ばれる意識障害が挙げられます。せん妄を引き起こす原因の一部は、睡眠剤や利尿剤等の薬物を相応しくない量摂取してしまうことだそうです。
また認知症の原因疾患においては、治療が可能なもの、予防が重要なもの、治療が困難なもの、の主に三グループに分けられます。
まず治療が可能な認知症には、慢性硬膜下血腫という疾患が挙げられ、これは転倒して頭部を打ってしまい頭蓋骨と脳の間の細い血管から血が漏れ続けるというもの。これは早期に発見できるかということが決め手であり、早期発見と早期治療がポイントです。
次に予防が重要である認知症には、脳血管性認知症が挙げられます。小さな脳梗塞が積み重なり、人体の司令塔を司る前頭葉の血の巡りが悪くなることで引き起こされます。この脳血管性認知症には、当事者の自発性や意欲が著しく低下してしまうという特徴があります。「認知症」と聞けば、もの忘れの印象が強いアルツハイマー病と比較的結びつきやすいですが、「やる気がない」という兆候も、れっきとした認知症の目印であり、しかもそれは治療や予防が可能な症状です。
しかしこれを放っておくと廃用症候群と呼ばれる認知症の重度化や寝たきりにつながる悪循環に陥るとのことです。人の自発性を司る前頭葉を蝕む脳梗塞は、喫煙、大酒、糖尿病、脂質異常症等の動脈硬化を起こしやすい生活習慣が主な原因であるために、こうした危険因子を管理することが必要であると同時に、周囲の人たちによる当事者へのやる気を促す働きかけが重要です。片寄った生活習慣の改善と、張り合いのある生活・自発性の回復の両方のバランスが悪循環を阻止する手立てとなります。
三つ目の治療が困難な認知症の代表的な原因疾患としてアルツハイマー病が挙げられます。アルツハイマー病は、健常高齢者の脳と比較すると、脳全体が委縮し全体として隙間が増えるのが特徴です。記憶を司る海馬という脳中央部分の萎縮によるもの忘れから始まり、段取りの悪さや空間把握能力の低下が続きます。
アルツハイマー病の根本的な治療は困難で、進行を遅らせ症状を軽くする対処療法の薬しか今のところ存在しません。
記憶障害等の中核症状の他に周辺症状として物盗られ妄想などの精神症状や行動異常があります。こうした症状は、家族に対し症状出現前に説明をすることや、デイサービスの利用、薬の投与など、段階別の工夫次第で緩和できるため、治療が困難であっても、決して対処できない病気ではないことを強調されました。
「認知症は病気であり、予防でき、治すことができる」という三点をわかりやすい解説で繰り返し強調され、認知症への正しい理解と知識を深めることが大切であるという先生の言葉が印象に残りました。
(文責:大阪大学21世紀懐徳堂 高倉)